摂末社タイトル

お社の建築様式

生島辨財天社の写真 子供の守護神、安産の神の写真

生島神社は生島4ヶ村(上ノ島・栗山・大西・三反田)の氏神で旧栗山村集落の西に位置していたが、現在では都市化により周辺の景観は大きく変わっている。

現在本殿・拝殿・幣殿は昭和50年(1975)に鉄筋コンクリート造に建て替えられたが、旧社殿を大正4年(1915)弁天社とし、現在本殿の西隣に配している。境内には他に稲荷社・大師堂・交通神社がある。

弁天社
弁天社は一間社流造(しゃながれづくり)で、正面軒に唐破風(からはふ)を付けた屋根は薄い板を重ねた柿葺(こけらぶき)である。正面の向拝(こうはい)中央の蟇股(かえるまた)は「龍」、身舎(もや)(建物本体)の蟇股(かえるまた)は正面に「牡丹」、向かって左側面に「雉に竹」、右側面に「鶴に竹」、背面に「桃」が彫刻されている。建築年代を直接示す史料はないが、各種部材の様式から18世紀前半ごろと考えられる。

出典「尼崎文化財散歩 尼崎の神社・寺院建築」(平成14年12月20日) 
編集・発行:尼崎市教育委員会